二つの「崖っぷち」から見えたもの民ボラin 栃木
参加レポート
7月19日・20日、塩谷町の「星ふる学校 くまの木」で開催された「民ボラ・in栃木」(第43回全国ボランティズム推進団体会議)に参加してきました。全国から約100人が集い、沖縄の基地問題をめぐる講演から、地震復興、竹害とカーボンニュートラル、社会福祉法人の地域公益活動まで、多彩な分科会が並ぶ2日間だった。
私が参加した
分科会②「ボランティアコーディネーターとして、これからの市民活動センターは誰が担うのか〜地域主体と事業運営のあいだで〜」
分科会⑤「学生・生徒が『活用・動員されない』ボランティアを考える 大人都合ではない!主体性を解き放つプログラムとは?」
テーマは違うようで、実は同じ一本の道でつながっている。「支える仕組み」の崖っぷちと、「支える人」の崖っぷち。この二つを行き来しながら得た学びは、これから私たちが本気で取り組むべきことの本質に迫るものだった。
分科会② これからの市民活動センターは誰が担うのか
登壇されたのは、街活性室(株)市民活動事業統括 高田篤さんと、栃木県鹿沼市の「かぬま市民活動広場ふらっと」で働く渡邉博和さん。
それぞれ「地域性」「民間性」という切り口で、市民活動支援センターの現在地を語ってくれた。
高田さんの視点 「30年目の転換点」
足立区(人口約70万人)の市民活動センターは、もともと団体支援が中心でしたが、昨年度から「区民一人ひとりの地域活動デビュー支援」へと比重を移した。相談対応は年間営業日ベースで毎日3件ペース。窓口だけでなく、地域に出向くアウトリーチも積み重ねている。
高田さんが投げかけたのは、「市民活動支援センターの3つの機能、コーディネート・資源仲介・経営支援は、実はもともと『バラバラな背景を持つ団体をひとまず束ねるための便宜的な概念』として生まれ、それが30年間そのまま更新されずに来てしまったのではないか」という指摘だった。
これからのキーワードとして挙げられたのが、
- ニーズに対応した支援・市民参加の促進
- 「つなぐ力」(NPO・自治体・企業を横断する信頼関係づくり)
- 政策提言(見えにくい課題や当事者の声を社会に可視化する)
そして印象的だったのは、「地域の課題」と「行政計画上の課題」は必ずしも同じではない、という指摘。委託や指定管理という形式が協働かどうかを決めるのではなく、そのプロセスに多様な参加の仕組みがあるかどうかがポイントだ、という言葉が印象的だった。
渡辺さんの視点 鹿沼「プラット」20年の実感
渡辺さんの話は、まさに『生の声』だった。2006年に設立された「プラット」は今年10月で20周年。最初の10年は立ち上げの熱量に満ちていた一方、「行政委託がなくなったらどうするか」という持続性への視点は薄かったと話す。
渡辺さんが入職した10〜15年目は、施設管理業務に埋没し、「来館者数」という数字を追うことに、地域や社会の課題解決とのつながりを見失いかけていた時期。その『暗黒期』を変えたのは、ある地域の団体(矢野さん)からの、ある意味厳しい一言でした。
「お前らの中間支援は施設運営やってるだけだろ。本気じゃないだろ。」
悔しさをバネに、渡辺さんは5年間もがき続けた。行政の担当者と目線を合わせる対話を重ね、「来館者数」ではなく「地域を何とかしたいと思う人が1人でも生まれること」の価値を共有していったこと。施設の自主財源を強化し、そこで得た資源をプラットの事業に再投資していったこと。地道な積み重ねの話だった。
最後に語られた「県内センター同士で、泥臭く連帯を取り続ける」という言葉に、飾らない誠実さを感じた。
成果は「来館者数」では測れない
この分科会を通して一番強く残った学びは、市民活動センターの成果とは何か、という問い。貸し館業務の実績や来館者数といった分かりやすい数字は、行政への報告としては便利かもしれない。しかし、それは市民活動センターが本来生み出すべき成果の『代理指標』でしかない。
本当に問われているのは、そのセンターが「なぜ・どうやって」設置されたのか、そのプロセスそのものを紐解き、地域の中でどう機能させ続けるかというスキル。渡辺さんの20年の実感が教えてくれたのは、まさにこの「プロセスに向き合う力」こそが、これからのボランティアコーディネーターに求められる本質だということだった。
分科会⑤ 大人都合ではない、主体性を解き放つプログラムとは
もう一つ心に残ったのが、若者(高校生・中学生)のボランティア参加をテーマにした分科会。ここでの問題提起は、市民活動センターの話とはまた違う角度からの「崖っぷち」だった。
団体活動に若い世代を呼び込みたいという思いは多くの団体に共通してあり、しかし実際には、
- 若者が「名ばかりボランティア」として、大人の「使用人」のように使われてしまうケース
- 進学や就職に有利になるための「活動証明」目的の参加になってしまうケース
という2つの課題が浮かび上がっていた。
静岡県ボランティア協会、栃木YMCA、NPO法人おりがみなど、長年若者のボランティア育成に取り組んできた団体からの報告では、「活動証明」自体を否定するのではなく、それを『きっかけ』としてうまく活用しながら、そこから本当のボランティア経験へどうつなげていくかが大切、という共通の姿勢が語られていた。
そこで出てきたキーワードが、
- 教えすぎない
- 輪の中に入れてもらう
- 期待しすぎないこと、期待し続けること
グループワークの最後にまとまった5つのポイントも印象的だった。「自主性を大切に」「やりたいことと必要なことをつなげる」「固有名詞で話す」「振り返りを大切に」「個人面談を丁寧に」
「担い手不足を埋める存在」にしない
地域やNPOの現場には、深刻な人材不足・担い手不足がある。だからこそ、若者の存在はどうしても「不足を埋めてくれる存在」として期待されがち。しかしその期待が先に立ちすぎると、若者は主体的な参加者ではなく、大人の都合で『動員』される側になってしまう。それは、いわゆる「やりがい搾取」と呼ばれる構造そのものとなってしまう。
この分科会が突きつけていたのは、担い手不足という現実から目をそらすのではなく、その不足を若者に埋めさせるのではない現場をどうつくるか、という問いだった。「教えすぎない」「期待しすぎないこと、期待し続けること」というキーワードは、まさにこの搾取的な構造に陥らないための、実践者たちの知恵だったのだと思う。
二つの崖っぷちをつなぐもの
分科会②では「市民活動センターの成果は来館者数では測れない、設置プロセスから紐解くスキルが求められる」という指摘があり、分科会⑤では「担い手不足を若者で埋めてやりがい搾取をしない現場づくりが重要」という指摘がありました。並べてみると、この二つは同じ一つの問いの表と裏だと感じた。
分かりやすい数字や、目の前の人手不足に頼らず、『本質』に向き合えるか。
市民活動センターであれば、それは貸し館の実績ではなく設置のプロセスそのものを紐解く力。若者ボランティアであれば、それは動員のしやすさではなく一人ひとりの主体性を解き放つ力。どちらも、短期的な分かりやすさに流されず、地道にプロセスと向き合う姿勢が問われている。
市民活動を支える「箱」も、それを次に引き継ぐ「人」も、同じように崖っぷちに立っている。だからこそ、この二つの分科会が同じ大会の中で語られたことに、大きな意味があったと感じる。今後、私たちが本気で取り組むべきことの本質に迫る、良い学びの時間だった。改めて、栃木県にある『とちぎボランティアネットワーク』の底力に感心させられる二日間だった。
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